おばおばのたわごと

自他共に認める多趣味人間・おばおばによる道楽日記

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私なりの解釈ね(^^;

先程、Mandarin ElectronのHPにある先生のブログを拝見しました。
(「型」というタイトル。)
近頃私が考えていたことを見事に文章化して下さっているように思えて、久しぶりに文章読んでビリビリしました。
私の心の師匠が書いた超名文「《なぜ芸術はスゴイのか?》芸術万歳宣言」を読んだとき以来の痺れっぷりです!!(笑)

☆《なぜ芸術はスゴイのか?》芸術万歳宣言
(さっき、久しぶりに読み返してみて泣けた…長い文章だけど、是非ともご一読をーッ!)

「アートはもう完成されつくしていて、其処を打破できなくてアーティスト達はもがいている。そこで奇を衒ったものをやることでしか「アートしている」と表現できなくなってきている」と何方かが仰っているのを耳にして「ナルホド」と思ったことがあります。
先生が書かれていたこともまた「ナルホド」と頷けることで…
アートが自己表現なら本当は「なんでもアリ」なんでしょうケド、発信する側が突っ走っていて受け手がおいてけぼり気味な気がしてしまいます。

テルミンという凄く自由な楽器で敢えて曲をキッチリ弾くということは楽器の特性を活かしていないということなのだろうか、殻に閉じこもった「自由のない」ことなのだろうか、とモヨモヨしていた時期があったのですが、先日時間が出来たときに手持ちのテルミンのCDをいろいろ聴き返してみたときに気付きました。
先生、めっちゃ挑戦してるやん!!
「楽器の特性を強調したパフォーマンス」とはまた違う方向で、テルミンという楽器の可能性にすっごい挑んでる!
往年のバレエ漫画の名作「アラベスク」での言葉…
「ダンス・クラシックの舞踊家は
けっして乱れたり無秩序な動き方をすることがない。
彼らはあたかも頭でこしらえた動きを押しつけられ
はげしい生命力をうばいさられているかのようにみえるが
事実はその反対のことなのである」
…が私なりに腑に落ちた瞬間でした。音楽でもそれは言えるんですね。

私はテルミン弾いててイロモノ的な言われ方とか扱われ方をすることを否定はしないし嫌だとも思わないけれど、従来の楽器の演奏と何ら遜色ない演奏が出来るんだということも知ってもらいたいと思っています。
そう感じてもらえる演奏が出来るように頑張って練習していきたい…
目標がひとつ明確になりました。
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テルミン&マトリョミン | コメント:0 | トラックバック:0 |
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